顔ににじみ出てますよ!【人相占い】

「手相占い」は誰しもが耳にしたことがあり、実際に占ってもらったことある人も多くいることでしょう。
でも「手相占い」の仲間といえる「人相占」は、何となく聞いたことはあっても実際にどんな占いなのかを知っている人は少ないのではないでしょうか。

表情や化粧の仕方も総合して観る人相占い

異国情緒溢れる繁華街ではよく「人相占」の看板を見かけることもありますね。
人相占いは顔相、骨相、体相など、人体のつくりから性格や生涯の運勢を割り出す占いの一種です。

現在では、人相といえばほとんどが「顔相」のことを指します。
「顔相」といっても顔のつくりだけを見るのではなく、表情、眼鏡の掛け方、化粧の仕方にまでその観察範囲は広がります。
大きな意味で、その人の生き方そのものを見ると言ってもよいでしょう。

顔の「上・中・下」年齢によって見る場所が変わる

「顔相」は大きく分けて3つの種類があります。

額から上を「上停」といい25歳頃までの時期を表し、知能や先祖、育ち、信仰心などがわかるとされています。

「中停」と呼ばれる中央付近は25歳から45歳頃までを表し、その人の意志の強弱、決断力、実行力を表しているとか。

さらに「下停」とされる顎を中心とした部分では老年時代を表し、家庭のことや将来の生活の様子までを判断するのです。

日本の人相占いは学問として広まった?

一見すると中国発祥のように感じる「人相」ですが、意外や意外、ヨーロッパでは古くから人相学の研究が盛んに行われていたのです。
古代ギリシャにおけるヒポクラテス、アリストテレス、プラトンなど現在では哲学者の父と呼ばれるような研究者たちが、古代西洋人相学の基礎を築いたと言われています。

言うなれば膨大な時間と人数を結集した、信頼できる統計学とも呼べるでしょう。
学術的な根拠に基づいた人相学は非常に緻密で正確な結果を出してくれます。

日本で人相を観て占うことが始まったのは室町時代。
時代が下って元禄時代にはアジアから大量の書物が輸入され、民衆の間に人相学が広まりました。
歌舞伎などでよく見られる特徴的な人相書は、その人物の性格を表すために人相学を取り入れたとも言われているのです。
明治時代には学問として体系付けられ、より多くの人々に普及していきました。

ご自身の顔を鏡で覗いてみてください。
額が白湯に広がりを持つものは責任感の強さを、目の眼光がガラスのように鋭いものは性欲の強さを、長い鼻は寿命の長さを、耳たぶが大きくて分厚い形をしていれば金運幸運に恵まれる吉相を差しているのですよ。

人相占いによるあなたは、いったいどんな人物でしょうか?

一度占ってみることをお勧めします。

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